もどる
目次 第1章 第2章 第3章 第4章 第5章 第6章 第7章 付録 図表目次

たばこ流行の抑制 たばこ対策と経済

第1章

世界におけるたばこ消費の傾向

 何百年も前から使用されてきたたばこだが、紙巻たばこの大量生産が始まったのは19世紀になってからのことである。それ以来、紙巻たばこを吸う習慣が世界中に大きく広がった。現在、喫煙者の数は成人のほぼ3人に1人、すなわち11億人に上っており、その約80%を低・中所得諸国の国民が占めている。成人人口の増加や消費の拡大などにより、2025年頃までに喫煙者の総数は約16億人に達するとみられている。
かつて、たばこは噛んだり、さまざまな種類のパイプで吸ったりすることが多かった。こうした習慣は今でも続いてはいるものの、減りつつあるのが現状だ。今日では、工場生産された紙巻たばこと、ビディたばこ(南アジアやインドに普及)を初めとする多くの種類の手巻きたばこが、世界のたばこ消費総量の85%を占めている。紙巻たばこ喫煙は、かつてのたばこの使用法に比べ、人の健康に対する危険がずっと大きいようである。そこで、本報告書では、工場生産された紙巻たばことビディに焦点を合わせていく。

低・中所得諸国における消費の拡大

低・中所得諸国では1970年頃から紙巻たばこの消費が伸びている(図1.1を参照)。これらの国々における1人当たりの消費量の伸びは、90年代初め以降やや減速の兆しがみられるものの、1970年から1990年にかけては着実であった。



図1.1 発展途上国で増加する喫煙
成人1人当たりの紙巻たばこの消費量の推移

出典:WHO, 1997. Tobacco or Health: a Global Status Report.Geneva, Switzerland.

喫煙の習慣は低・中所得諸国の男性の間で広がる一方、高所得諸国の男性では同じ時期に全体として減少してきている。たとえば、米国の男性の喫煙率は、消費量がピークに達した20世紀半ばには55%を超えていたが、90年代半ばには28%にまで低下している。高所得諸国全体における1人当たりの消費量も低下してきている。しかし、高所得諸国でも、十代の若者や若い女性など、90年代に入って喫煙者の割合が増えた集団もある。つまり、全体的にみると、もともと喫煙者の多かった高所得諸国の男性から、高所得諸国の女性や低所得地域の男性へと喫煙流行が拡大している。
近年は、国際的な通商協定によって、多くの製品やサービスなどの貿易の自由化が世界的に広まっている。紙巻たばこもその例外ではない。貿易障壁を取り除くと競争が加速し、低価格化が生じる以外に、広告や販売促進など需要を喚起する活動も激化する傾向がある。ある研究によると、80年代に米国の貿易圧力で市場開放に応じたアジアの4カ国(日本、韓国、台湾およびタイ)において、1991年度の1人当たりの紙巻たばこ消費量は、開放策を取らなかった場合の試算に比べ10%近く高くなったという。本報告書のために作成した計量経済学的モデルによると、貿易自由化の進展により、特に低・中所得諸国における紙巻たばこの消費量が大幅に拡大したことが明らかになった。

喫煙の地域的パターン

WHO(世界保健機関)は、80件を超す個別の研究成果を用いて、各地域の喫煙者数に関するデータをまとめている。本報告書作成にあたり、これらのデータを使って、世界銀行の7つの国家分類1)ごとに喫煙率を推計した。表1.1の示すように、地域によってかなりの差があり、それは女性の喫煙率で特に顕著だ。たとえば、東欧および中央アジア(ほとんどが旧社会主義諸国)では、95年の男性の喫煙率が59%、女性が26%で、他地域を上回っている。一方、東アジアおよび太平洋地域では、男性の喫煙率は59%と同じだが、女性の喫煙率はわずか4%にすぎなかった。

喫煙と社会経済状態

これまでは所得の上昇に伴って、喫煙者数が上昇した。高所得諸国で喫煙が流行し始めてからの数十年間には、貧困層よりも富裕層の方に喫煙者が多い傾向が見られた。しかし、ここ30年から40年の間に、このパターンは少なくとも男性では逆転したようであり、広範なデータが揃っている2)。高所得諸国の富裕層の男性が喫煙を止めていく一方で、貧しい男性たちの喫煙習慣は続いている。たとえば、ノルウェーでは、高所得男性の喫煙率が1955年の75%から1990年には28%まで低下する一方、低所得男性の喫煙率はこれほど急激な低下を示さず、1955年の60%から1990年の48%に低下した程度だった。現在、ほとんどの高所得諸国では、社会経済的集団によって喫煙率に大幅な違いがみられる。たとえば、連合王国(英国)では、社会経済的に最高位の集団の喫煙率は女性で10%、男性で12%にすぎないのに対し、社会経済的に最下位の集団では、女性が35%、男性が40%と3倍になっている。これと同じような逆転現象が、教育水準(社会経済状態の指標の一つ)と喫煙との関係においても見られる。一般的に、教育をまったくあるいはわずかしか受けていない人は、教育をもっと受けた人に比べ喫煙する傾向が高い。
最近まで低・中所得諸国における状況は異なるものと考えられていた。しかし、最新の研究をみる限り、これらの国々でもやはり、社会経済状態の低い層の男性の喫煙率が、社会経済状態の高い男性より高い傾向にある。インドのチェンナイでは、教育水準が、喫煙の明確な決定要因になっている(図1.2)。ブラジル、中国、南アフリカ、ベトナムおよびいくつかの中米諸国での研究でもこのパターンは確認されている。

表1.1 喫煙の地域的パターン
15歳以上の男女の喫煙率および喫煙者数を世界銀行地域分類ごとに推計した(1995年)
世界銀行地域 喫煙率(単位:%) 喫煙者総数
男女計 (単位:百万人) (世界全体の喫煙者総数に対する%)
東アジア、太平洋 59 4 32 401 35
東ヨーロッパ、中央アジア 59 26 41 148 13
ラテン・米国、カリブ海地域 40 21 30 95 8
中東、北アフリカ 44 5 25 40 3
南アジア(紙巻たばこ) 20 1 11 86 8
南アジア(ビディたばこ) 20 3 12 96 8
サハラ以南のアフリカ 33 10 21 67 6
低・中所得国 49 9 29 933 82
高所得国 39 22 30 209 18
世界全体 47 12 29 1,142 100
注:数字は概数で示してある。
出典:WHO. 1997,Tobacco or Health: a Global Status Report, Geneva, Switzerland の資料をもとに算出した。

世界中どこでも貧困層と教育水準の低い人たちの喫煙率が相対的に高いことは明らかだ。しかし、1日に吸う紙巻たばこの本数について社会経済的集団別に調べたデータはもっと少ない。例外はあるものの高所得諸国における貧しく教育のない男性の1日当たり喫煙本数は、裕福で教育のある男性よりも多い。低・中所得諸国では貧しい男性の喫煙本数の方が裕福な男性よりも少ないとの予測も成り立ちうるが、入手可能なデータをみる限り、一般に教育水準の低い人の喫煙本数は、教育水準の高い人のそれと同等かもしくはわずかに多い。例外として見逃せないのがインドで、当然といえば当然のような結果が出ている。つまり、大学レベルの教育を受けた人は、比較的高価な紙巻たばこを多く消費する傾向があり、一方、教育レベルの低い人は、比較的安いビディをより多く消費している。

年齢と喫煙の開始

思春期や青年期に喫煙を始めなかった人がその後喫煙者となる可能性は低い。今日では、喫煙者のうち圧倒的多数が25歳までに(しばしば幼年期や思春期に)喫煙を始めており(囲み欄1.1と図1.3を参照)、高所得諸国では10人に8人が十代で吸い始めている。データを入手できる中所得諸国や低所得諸国では、ほとんどの喫煙者が20代初めまでに喫煙を始めているようであり、その年齢は若年化の傾向にある。たとえば、1984年から1996年にかけて中国では、15歳から19歳の間に喫煙を始めた男性の数が大幅に増えた。高所得諸国でも、同じように喫煙習慣開始の若年化がみられる。



図1.2 教育水準が低いほど高い喫煙率
チェンナイ(インド)の男性における教育水準別喫煙率

出典:Gajalakshmi, C. K., P. Jha, S. Nguyen, and A. Yurekli. Patterns of Tobacco Use, and Health Consequences. 背景報告書。
禁煙の世界的パターン

喫煙が世界中で若い時期に始まっていることは明らかになっているが、禁煙する人の割合は、今日までのところ、少なくとも高所得諸国とそれ以外の地域との間にかなりはっきりとした差があるようだ。たばこの健康影響についての知識が着実に広まっていく中、喫煙率は徐々に低下し、禁煙に成功した人の数がここ数十年間で大幅に増えている。ほとんどの高所得国では、男性の約30%が喫煙を止めた者である。これに対し、1993年に喫煙を止めた中国人男性はわずか2%、同時期のインド人男性では5%にすぎず、ベトナムの男性では1997年に10%となっている。

図1.3 若年期で始まる喫煙
中国、インドおよび米国における喫煙開始年齢の累積分布

出典:Chinese Academy of Preventive Medicine. 1997. Smoking in China: 1996 National Prevalence Survey of Smoking Patter, Beijing. Science and Technology Press: Gupta, P.C., 1996. ''Survey of Sociodemographic Characteristics of Tobacco Use Among 99.598 Individuals in Bombay, India. Using Handheld Computers''. Tobacco Control 5,114-20. And U.S. Surgeon General Reports, 1989 and 1994.



囲み欄1.1 毎日どれくらいの若者が喫煙を始めているのか

若い頃に喫煙を始めた人はヘビースモーカーになる傾向があり、年をとってから喫煙関連疾患で死亡するリスクも高くなる。そのため、1日につきどの程度の子供や若者が喫煙を始めているのかを把握することには、大きな意味がある。ここでは、その問題に答えてみたい。
 用いたデータは、(1)世界銀行地域ごとの児童および1995年に20歳になった青年男女の人数を示した世界銀行のデータと、(2)30歳までのすべての年齢群の喫煙率を世界銀行地域ごとに示したWHOのデータである。上限の推計値算出にあたっては、男女それぞれにつき各地域の上記の(1)と(2)を掛け合わせた積が喫煙を開始する1日当たりの若者の数になるものと仮定した。下限の推計値については、この数から、30歳を過ぎて喫煙を始めた喫煙者数の地域ごとの推計値を差し引いた。
 算出にあたり、以下の通り、3点についての控えめな仮定を行った。第一に、喫煙開始年齢の平均値について、時間が経過しても最低限の変化しか起こっていないと仮定した。中国では最近、若い男性の喫煙開始時期に若年化の傾向があるにもかかわらず、ほとんど変化がないと仮定するなど、我々の示す値はどちらかというと低めの値だということになる。第二に、常用喫煙者に焦点を当てた。試しに吸ってはみたが常用喫煙者にはならない子供の方がはるかに多いのだが、こうした子供は除外した。第三に、常用喫煙者になった若者が成人前に喫煙を止めるのはまれなケースだと仮定した。常用状態になりながら禁煙できる思春期の若者は、高所得諸国にはかなり多いが、低・中所得諸国では今のところ非常に少ない。
 こうした仮定のもと、喫煙を開始する子供と若者の数は高所得諸国で1日当たり大体1万4000から1万5000人、低・中所得諸国では、6万8000から8万4000人と推計した。つまり、世界で毎日8万2000から9万9000人の若者が喫煙を開始し、瞬く間にニコチン依存症になる危険性を冒しているのである。これらの数字は、各高所得国に関するこれまでの推計と矛盾していない。


1. この国家分類については、付録Dに記載している。簡単に言えば、(1)東アジア、太平洋、(2)東ヨーロッパ、中央アジア(旧社会主義国が大半を占めるグループ)、(3)中東、北アフリカ、(4)ラテン・米国、カリブ海地域、(5)南アジア、(6)サハラ以南のアフリカ、および(7)高所得諸国:OECD(経済協力開発機構)加盟国とほぼ重なる、となっている。
2. 女性の喫煙パターンに関する研究は男性に比べかなり少ない。女性が数十年にわたり喫煙を続けている地域では、社会経済状態と喫煙との相関関係は男性のそれに類似しているが、それ以外の地域については、信頼性の高い情報を待たなければ結論が出せない。


目次 第1章 第2章 第3章 第4章 第5章 第6章 第7章 付録 図表目次