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目次 第1章 第2章 第3章 第4章 第5章 第6章 第7章 付録 図表目次

たばこ流行の抑制 たばこ対策と経済

第4章

たばこの需要削減策

 たばこ抑制政策に成功している国々では、多角的なアプローチをしている。ここではその個々の例について述べ、その効果をまとめてみることにしよう。

たばこ税引上げ

何世紀もにわたって、たばこは課税対象として理想的な消費財であった。生活必需品ではないが、幅広く消費されており、需要の変動性も比較的少なく、国家歳入源としての信頼性が高いため行政上処理しやすいからである。1776年に、アダム・スミスは「国富論」の中で次のように述べている。そうした課税法によって「貧しい者は最も厄介な税金、すなわち生活必需品にかかる税金、あるいは製造原料にかかる税金を払わなくてすむようになる」。たばこ税のおかげで、貧しい者は「よりよい生活を営むことができ、労働賃金が低下し、作った製品をより安い価格で市場に送り出すことができるようになる」1)。雇用に対する需要が増し、ひいては貧困層の収入も増えて、経済全体が潤うようになる。
それから2世紀たった今、世界のほとんどの国でたばこは課税品となっている。中には課税率の高い国もあり、その課税方法も様々である。国家の歳入を目的とした課税がほとんどだが、最近では喫煙による健康への悪影響を最低限に抑える必要性への関心の高りも反映されるようになってきた。
この章では、増税が紙巻たばこやその他のたばこ製品の需要にどのような影響を与えているかを検証する。結論から言うと、増税により実際にたばこの消費は大幅に削減される。増税によって最も大きな影響を受けるのは高齢者ではなく、値上げに敏感な若者だという点はとくに重要である。また、増税によってたばこの需要が急激に減少するのは、高所得諸国ではなく、喫煙者が値上げにより敏感に反応する低・中所得諸国の方だという点も同様に重要である。しかし需要が低下しても、国家の歳入は必ずしも減少しない。むしろ、第8章で示すように、増税によって短・中期的にはかなりの増収が見込めるのである。
ここでは、各国が課税しているたばこ税の種類を簡単にまとめ、値上げが需要にどう影響するかを検討する。低・中所得諸国の例と高所得諸国の例とを比較し、対策の意味合いについても論じる。

たばこ税の種類

たばこ税にはいくつかの形態がある。特定たばこ税は紙巻たばこの価格に一定額を上乗せしたもので、状況に応じて課税でき、増税してもたばこ産業が実質課税額を低く抑えるよう国に訴訟を起こすというリスクも少ない課税形態である。付加価値税や売上税のような従価税は原価の何%かを課税するもので、この課税形態は実質上すべての国で行われている。これは特定消費税に上乗せされることが多い。従価税は販売時に課税されるか、または多くのアフリカ諸国で行なわれているように、卸売価格に課税される。税金も製造場所や製品の種類によっても様々に異なり、たとえば、国によっては国内産より国外産の紙巻たばこ、低タールより高タールの紙巻たばこに高く課税しているところもある。現在では、たばこ税を反たばこ活動やその他の特定の活動だけに充てるようにする国がますます増えている。たとえば、中国有数の大都市である重慶や米国のいくつかの州では、たばこ税収入の一部をたばこが与える影響についての教育、対抗宣伝、その他のたばこ対策活動に充てている。また、たばこ税を医療サービスに充てている国もある。
課税される金額は国によって様々である(図4.1)。高所得諸国では、課税額が紙巻たばこ1箱の小売り価格の3分の2以上にもなるが、それとは対照的に、低所得諸国での課税額は紙巻たばこ1箱の小売価格の半分以下でしかない。

増税が紙巻たばこ消費に与える効果

商品価格が上昇すると、その商品の需要は減少するというのが経済の原則である。過去の研究では、たばこは依存性があるためこの原則に当てはまらないとされてきた。この説によると、喫煙者はたばこ依存症になっているため、その必要性を満たすためならいくら支払うことになろうと金額にかかわらず同じ本数だけ吸い続けるというのである。しかし今では多くの研究によって、この説は間違いであり、喫煙者のたばこに対する需要は変動が少ないものの、やはりその価格に大きく影響されることが明らかになっている。たとえば、カナダでは、1982年から1992年にかけてたばこ税を引き上げたため、紙巻たばこの実質価格が著しく値上がりし、消費が大幅に落ち込んだ(図4.2a)。同様に、南アフリカ(図4.2b)、英国、その他多くの国々でも、増税のせいで紙巻たばこの消費が減少している。値上げのために喫煙をやめる気になったり、初めから喫煙しないですんだり、あるいは禁煙している者が喫煙を再開する例が減るなどの報告はたえず行われている。



図4.1 紙巻たばこの平均価格と税金、および1箱当たりの価格に対する課税率
1996年世界銀行の所得群による

出典:本報告書執筆者が算出



図4.2 紙巻たばこの価格の上昇に伴い減少する消費量
4.2a 紙巻たばこの実質価格と1人当たりの年間消費量、カナダ、1989-1995年

4.2b 紙巻たばこの実質価格と成人(15歳以上)1人当たりの年間消費量、南アフリカ、1970ー1989年

注:消費量は売上データから算出したものである。
出典:4.2a: 本報告書執筆者が算出、4.2b: Yussuf Salcojee、1995. ''Price and income Elasticity of Demand for Cigarettes in South Africa.'' In Slama K. ed., Tobacco and Health. New York, NY. Plenum Press; and Townsend, Joy, 1998. ''The Role of Taxation Pokicy in Tobacco Controlin Aberdeen, I., and others, eds. The Economics of Tobacco Control, Cape Town, South Africa: A Applied Fiscal Research Center, University of Cape Town.



値上げに対する反応に依存性が与える影響

値上げの効果に対するニコチン依存症の影響を評価するためのモデルでは、喫煙者が自分の行動の結果を見越しているかどうかによって様々な仮説が立てられている。しかし、いずれのモデルについても一致していえることは、ニコチンのように依存性の高い物質については、その物質の過去の消費レベルと物品の現在価格とによって現在の消費レベルが決定されるということである。現在の消費量と過去の消費量のこの関係は、たばこの値上げが需要に与える影響のモデルを作る場合に大きな意味がある。喫煙者が依存症に陥っている場合、値上げに対する反応は比較的鈍いものの、長期的にはより大きくなる。経済学の文献でも、実質的かつ恒久的な値上げが需要に及ぼす影響は、長期においては短期の約2倍になることが示されている。

低所得国と高所得国での値上げに対する反応の違い

品物の価格が上昇すると、低所得者は一般に高所得者よりその品物の消費を削減する傾向が強く、また逆に価格が低下すると、その品物の消費を増大する傾向が強い。品物に対する消費者の需要が価格変動によって変化する程度を、需要の価格弾力性という。たとえば、10%の値上げによって需要が5%減少した場合、需要の弾力性は-0.5である。消費者が価格に敏感に反応すればするほど、需要の弾力性は大きくなる。
弾力性の推定値は研究によって異なるが、需要の弾力性は低・中所得諸国の方が高所得諸国より高いことが実証されている。たとえば米国では、紙巻たばこ1箱の価格を10%値上げすると、需要は4%減少することが明らかになっている(弾力性は-0.4)。中国では、いくつかの研究から10%の値上げによって減少する需要量が、高所得国より大きいとされており、それによると中国の弾力性推定値は、研究によって異なるものの、おおよそ-0.6から-1.0の間である。ブラジルと南アフリカで行なわれた研究でも同じような範囲の数値が出ている。よって、低・中所得諸国全体について言うと、現在のデータに基づく需要の平均弾力性推定値は-0.8が妥当なところであろう。
紙巻たばこの値上げに対して、低所得諸国の人々が高所得諸国の人々より敏感に反応するのには、他にも理由がある。ほとんどの低所得諸国の年齢構成は一般に高所得諸国より低く、高所得諸国における研究によると、全体的に若年層の方が年配層より価格に対して敏感に反応するとされている。これは、年配層に比べて若年層の方が可処分所得が少ないこと、まだニコチン依存症がそれほどひどくない者もいること、行動に現在指向性が強く、仲間の影響を受けやすいということが理由としてあげられる。よって、若者の一人がたばこを買う余裕がなくなって喫煙をやめると、その友達も同じようにやめるという傾向は年配層より強いのである。The U.S. Centers for Disease Control and Prevention(米国疾病管理予防センター)の研究によると、米国で18歳から24歳までの若い成人に見られる需要の弾力性は-0.6で、喫煙者全体より高くなっている。研究者らは、たばこの価格が高いと現在喫煙中の若者のうちで喫煙をやめる者が多くなるだけでなく、喫煙の習慣を始める若者も少なくなると結論づけている。
現在発表されているデータによると、2つの明確な結論を導くことができる。第一は、現在喫煙者が集中している低・中所得諸国では、増税はたばこ消費を削減するのにきわめて効果的な方法だということである。そして、第二は、このような増税の効果は、低・中所得諸国の方が高所得諸国よりも著しいということである。

増税が世界のたばこ需要に与える潜在的効果

本報告書のために、研究者らは一定範囲の増税が世界の紙巻たばこ需要に与える潜在的効果のモデルを作成した。このモデルの構造と入力数値については囲み欄4.1に示してある。このモデルの作成にあたっては、価格の弾力性、健康影響、その他の変数などについてきわめて控えめに仮定しているため、その結果は可能性をやや過小評価したものになっている。それによると、たばこの価格をほんのわずか値上げしただけでも、喫煙習慣の広がりに大きな影響があり、1995年に生存している者の中でたばこによる若年死亡者が著しく減少することが分かる。研究による試算では、各地域で紙巻たばこの平均推定価格の10%を持続的に実質値上げした場合、世界中でたばこをやめる者は4,000万人、また値上げがなければ始めていたであろう喫煙を思いとどまる者の数はそれ以上になるという。禁煙者の全員が若年死亡を回避できるわけではないとしても、たばこを値上げするだけで、1,000万人がたばこによる若年死亡を回避できる。これは、たばこ関連死亡者の総数の3%に当っており、あらゆる基準から見ても膨大な数である。若年死亡を回避できる者のうち900万人は発展途上国に集中しており、そのうち400万人が東アジアおよび太平洋の人々となっている(表4.1)。

紙巻たばこへの適正な課税レベルを計算する上での問題点

これまでも、たばこ税の「適正な」レベルを決定するため様々な試みがなされてきた。このレベルを国が決定するに当たっては、政策立案者に何らかの実証的なデータが必要となるが、非喫煙者にかかるコストの割合などの中にはまだ数字が出せないものもある。さらに、所得によっても、また社会ごとに異なる価値観による仮定を立てる場合においても、そのレベルは異なってくる。たとえば、子供を守ることが何よりも重要だとする社会もあるからである。

表4.1 たばこ価格の10%値上げにより禁煙する可能性のある喫煙者数およびその結果としての死亡回避者数
1995年に生存していた喫煙者に対する影響、世界銀行地域別(単位:百万人)
地域 喫煙者数の変化 死亡者数の変化
東アジア、太平洋 -16 -4
東ヨーロッパ、中央アジア -6 -1.5
ラテン・米国、カリブ海地域 -4 -1.0
中東、北アフリカ -2 -0.4
南アジア(紙巻たばこ) -3 -0.7
南アジア(ビディたばこ) -2 -0.4
サハラ以南のアフリカ -3 -0.7
低・中所得国 -36 -9
高所得国 -4 -1
世界全体 -40 -10
注:数字は概数で示してある。
出典:Ranson, Kent, P. Jha, F. Chaloupka, and A. Yurekli. Effectiveness and Cost-effectiveness of Price Increases and Other Tobacco Control Policy Interventions. 背景報告書。

経済学的に見ると、適正な課税金額とは、限界社会的便益をともなって消費される最後の1本の紙巻たばこの限界社会的コストと等しくなる。しかし前章でもとりあげたように、これらの社会的コストや便益の大きさは不明であり、その測定はほとんど不可能に近く、これについては現在も盛んに議論されているというのが現状である。喫煙者が出すたばこの煙を非喫煙者が否応なく吸い込んでしまうことで、喫煙者は非喫煙者に物理的コストをかけている、すなわち喫煙者の子供や配偶者に受動喫煙というきわめて大きな負担をかけていることにはほとんど疑問の余地がない。しかし、家族は社会の中で物事を決定する基本単位であり、配偶者や子供がこうむるたばこ煙は、喫煙者が他人に負わせる外部コストではなく、喫煙について家族で決定する時に考慮するべき内部コストであるとする経済学者もいる。またこれまで見てきたように、たばこ関連疾患の治療のために公的に負担された医療費など、その他のコストの大きさについても判断が困難である。米国のいくつかの研究でも、経済的な適正課税金額を算出しようと試みているが、2、3セント程度から数ドルにいたるまでその結果には大きなばらつきが出ている。

囲み欄4.1 たばこ対策が世界のたばこ消費に与える影響の評価:モデルへの入力
本研究では第1段階として、世界銀行7地域において、世界銀行の人口標準推定値を使って、年令および性別に各地域の推定人口を出した(付録C 参照)。第2段階では、WHO (世界保健機関)が使用している、世界各国の80以上の研究をまとめたデータを使って、世界銀行7 地域の喫煙率の性別推定値を算出した(同データについては第1章、表1.1参照)。インドの場合、ビディたばこが紙巻たばこの代わりに広く普及しているため、両方の喫煙率を現地調査から割り出した。第3段階として、研究チームはこれらのデータを用いて、各国で行なわれた大規模な研究から推定して、各地域の喫煙者の年令別プロフィールを出した。また青少年喫煙者に対する成人喫煙者の比を推定した。第4段階では、喫煙者総数およびたばこを原因とする予想死亡者数を地域、性別、年令ごとに出した。この段階では、先進国で喫煙習慣が原因で死亡する者は3人に1人だけであると仮定した。英国、米国、その他の国々の研究では実際の死亡者数が2人に1人であることを考えると、これは控えめな数字である。中国の最近の研究では、同国でたばこによって死亡する喫煙者の割合はまもなく欧米なみになるとされているのを見ても、この数字は過小評価している可能性が高い。
次に、研究チームは、WHOの数字や疫学に関して公開されている様々な研究結果を使って、各喫煙者が1日に吸う紙巻たばこまたはビディたばこの本数を地域別に出した。また、各地域の成人および青少年の喫煙本数を出し、青少年の喫煙率に対する成人の喫煙率の割合を推定した。
さらに研究者チームは、60を越える研究データを基に、各地域の紙巻たばこ需要の価格弾力性を測定した。過去に2件以上の研究が行なわれている国については、それらの研究結果の平均値を使用し、その数字を組み合わせることで、低所得地域および高所得地域についての平均を出した。また若者は年配の者より価格に敏感に反応することから、これらの数字は年令によって加重調整されている。高所得諸国の短期的価格弾力性は比較的低く-0.4であるが、低所得諸国では-0.8であった。
研究チームでは、あるひとつの重要な研究結果から、値上げ効果の半分は喫煙者数に、もう半分は喫煙継続者の喫煙本数に現われると仮定した。また、その他の研究でも立証されているように、若くして禁煙した者は年配になって禁煙した者よりもたばこを原因とする死を回避できる傾向が大きく、喫煙本数を減らしたとしても、喫煙を継続する限りはたばこによって死亡するリスクが残ると仮定した。
モデルで使用した変数はすべて、不確定性を考慮して計算で用いた基準値の75%から125%の範囲で感度分析を行なった。モデルの基礎となる仮定がすべて控えめなものであるため、計算結果は高めではなく低めに出る傾向があることを特に強調しておく必要がある。

課税レベルを決定するためのもう1つのアプローチとしては、喫煙の社会的コストをまかなう税率ではなく、紙巻たばこの消費を一定量削減でき、それによって特定の公衆衛生の目標を達成できるような税率を選定することがある。だが、そのためにはこの比較的効率の高い税収入による歳入が最大になるような課税レベルを決めることも必要になる。本報告書では適正課税レベルを示すのではなく、より実用的なアプローチを提案することにしよう。すなわち、包括的かつ効果的なたばこ抑制政策を取っている国で定められている課税レベルに注目するのである。これらの国では、紙巻たばこ1箱当たりの価格に税金の占める割合は、総小売価格の3分の2から5分の4の間である。他の国でも適正な値上げを行うにあたり、このレベルを基準に用いることができる2)。

需要削減のための価格以外の手法:
消費者情報、広告や販売促進活動の禁止、および喫煙制限

高所得諸国では、たばこの依存性、死亡や障害の原因となる疾患を引きおこす危険性について、成人消費者に情報を提供することが紙巻たばこ消費削減に役立っている。ここでは、喫煙の健康影響についての研究結果、紙巻たばこの箱や広告に記載されている警告、および対抗宣伝など、様々なタイプの情報の効果について明らかになっていることを見直してみよう。また、たばこの広告や販売促進活動の効果について明らかになっていることと、これらの活動が禁止された場合どうなるかもまとめてみよう。消費者はタイプの異なる情報に繰り返し接しているので、その効果を個々に分けることは困難であるが、高所得諸国で行われた多くの研究や経験によると、それらのひとつひとつが大きな影響を与えるということが分かっている。ここで重要なのは、社会的グループによってこの影響の度合いが異なるという点である。一般に、たばこの健康影響についての若者の反応は年長の成人ほどではなく、また、新しい情報に対しては、より高い教育を受けている人々の方が、まったく、あるいは最低限の教育しか受けていない人々よりすばやく反応する傾向がある。政策立案者が様々な政府介入策を自国のニーズに合わせて立案しようとする時、これらの違いを知っておくことは有用である。

喫煙の健康影響についての研究の広報効果

ほとんどの高所得諸国では過去30年間にわたって喫煙の長期的減少傾向が見られるが、これは喫煙の害についての、一般知識レベルの長期的上昇傾向と一致している。1950年の米国では、喫煙が肺がんの原因であると考えていた成人はわずか45%にすぎなかったが、1990年には95%がそう考えるようになっている。ほぼ同時期に米国の喫煙人口は40%以上から約25%にまで減少している。
高所得諸国の国民は、喫煙の健康影響について政府のレポートが出されるとともに、それをメディアが大きく取り扱うなどの「情報ショック」を何度も経験している。この「情報ショック」の影響は、フィンランド、ギリシャ、スイス、トルコ、英国、米国、南アフリカなど多くの国々で研究されている。一般に、情報ショックの影響が最も大きく、かつ後々まで持続するのは、たばこによる病気がその集団の間に増え広がる前の比較的早い段階で、喫煙が健康に及ぼす危険性の一般的認識がまだ低い時である。知識が増加してくると、新たに情報ショックを与えられてもその効果は薄くなる。
米国で行われた1930年代から1970年代終盤にかけての時間を追った一連のデータに基づいた分析によると、この期間中には3つの情報ショックがあったとされており、そのうち、大きな影響を及ぼしたものとして1964年の公衆衛生総監による報告書を挙げている。これらのショックにより同期間のたばこ消費は実に30%も減少した。それ以降に行われたいくつかの高所得国における研究では、消費が継続的に低下しているのはたばこの健康影響についての情報が発表されているためだと結論づけている。たとえば、1960年から1994年の間に米国では、子供のいる親の紙巻たばこ消費が、子供のいない独身の成人よりはるかに急速に減少した。これは子供の受動喫煙の危険性に対する親の認識が高まり、親が喫煙を思いとどまったからだと研究では結論づけている。
低・中所得諸国にはこれまでのところ情報ショックの影響を観察した研究はほとんど見受けられない。しかし中国では、最近喫煙の健康影響についての大々的な研究が発表されたのを受けて、喫煙傾向の観察が行われている。喫煙の健康影響を示すデータを発表するためには、当然ながらまずそのデータを集めなければならない。最近南アフリカとインドでは、死亡証明書に生前の喫煙状態を書き入れるという安上がりな方法で「たばこによる死亡者を数える」動きがあるが、これは各地域におけるたばこ流行の状況と規模を知るための必要なデータとして役立つはずである。

警告表示

たばこの健康影響についての情報を無理なく入手できる国の消費者の中で、紙巻たばこの包装および表示方法に問題があることが1つの原因となってその影響を誤解している場合が多いことを示す証拠がある。たとえば、ここ20年間、多くの紙巻たばこ製造者では、ある種類の紙巻たばこを「低タール」「低ニコチン」と表示してきた。高所得諸国ではこれらのブランドが他の紙巻たばこより安全だと信じている喫煙者が多いが、研究文献によると安全な紙巻たばこなどないのである。多くの消費者はたばこ煙の構成成分が明確に把握できず、箱の包装にも消費者が買う製品についての十分な情報が載っていないとの研究結果が報告されている。
1960年代初頭から、紙巻たばこ製造者に対して、健康に対する警告をたばこ製品に印刷するよう求める政府が増えている。1991年には、77カ国でこのような警告が義務づけられるようになった。しかしこれらの国々のなかでも、図4.3に示したように、強い口調で繰り返して警告を発するよう求めている国はきわめて少ない。
トルコでの研究によると、健康に関する警告によって同国のたばこ消費は6年間で約8%減少したという。南アフリカでは、1994年に強い警告表示が導入されて以来、たばこ消費が大幅に低下した。この研究の対象となった喫煙者のうち半数以上(58%)が、警告表示によって禁煙した、あるいは喫煙量を減らしたと回答している。しかし警告表示の大きな弱点は、低所得諸国の貧しい人々、特に子供や青年にはこのメッセージが届かないということにある。このような人々の間では、紙巻たばこは箱ではなく1本ずつ買うのが普通だからである。
何十年にもわたって喫煙が普及しており、喫煙に対する知識も豊富な国民の間では、紙巻たばこの箱に警告表示を貼っても、それ以上喫煙者が減ることはまずないとする意見もある。しかしオーストラリア、カナダおよびポーランドのデータによると、警告表示が大きくはっきり目立つもので、具体的な事実に基づく情報を強い口調で述べていれば、なお効果があるとしている。1990年代後半、ポーランドでは紙巻たばこの箱の最大面の裏表に、各面の30%を占める大きさの新しい警告表示を印刷したところ、喫煙者の禁煙や喫煙量を減らす決心をするのに大きな効果があった。ポーランドの男性喫煙者のうち3%が新表示の導入後禁煙したと述べている。さらに、16%が禁煙しようと努力し、14%が、警告のおかげで喫煙の健康影響をそれまでよりよく理解できたと答えている。女性についても同様の効果が見られる。オーストラリアでは、1995年に警告表示をさらに強い口調のものに変えたところ、それほど強い口調ではない以前の表示が使われていた時より禁煙者数を増やすのに効果があったようだ。カナダでは、1996年の研究によると、禁煙あるいは喫煙本数の削減を考えている喫煙者の半数は、紙巻たばこの箱に記載されている情報を読んだため、そう考えるようになったと述べている。



図4.3 強い口調の警告表示
オーストラリアで提案されたわかりやすい紙巻たばこのパッケージのひな形

出典:Institute of Medicine. Growing Up Without Tobacco:Preventing Nicotine Addiction in Children and Youths. 1994年。National Academy Press, Washington D.C.

マスメディアを使った対抗宣伝

喫煙についての否定的なメッセージが紙巻たばこの消費にどのような影響があるかにつては、いくつもの研究で分析されている。この否定的なメッセージ、すなわち対抗宣伝は、政府や健康促進機関によって広く行われており、北米、オーストラリア、ヨーロッパ、イスラエルでは、対抗宣伝によってたばこの消費量全体が減少することが、国や地方レベルでの研究で一貫して明らかになっている。スイスの研究チームは、1954年から1981年にかけて実施した成人のたばこ消費についての研究で、マスメディアを使った反喫煙広告のおかげでこの期間だけでその後のたばこ消費を11%減少できたと結論づけている。フィンランドとトルコでも、反喫煙キャンペーンは消費低下に役立っていることが明らかになっている。

学校の反喫煙教育プログラム

学校での反喫煙プログラムは広く一般に行なわれており、特に高所得諸国において盛んである。しかし、これらのプログラムは他のタイプの情報宣伝に比べ効果が薄いようだ。最初は喫煙開始を抑えることができたプログラムでも、その効果は一時的なものでしかなく、喫煙を始める時期を少しは遅らせることができるものの、喫煙防止には役に立っていない。学校ベースでのプログラムの明らかな問題点は、その内容ではなく、ターゲットとする聴衆にあるようだ。これまで見てきたように、喫煙が健康に与える長期的な影響についての情報に対して青少年は成人と違った反応をする。青少年の行動がより現在指向的であること、青少年は成人の与える忠告に反抗する傾向があることなどがその理由としてあげられる。

紙巻たばこの広告および販売促進活動

たばこの抑制に関心を持つ政策立案者は、紙巻たばこの広告や販売促進活動が消費にどれほど影響しているかを知る必要がある。ほとんどの場合、確実に影響しているのだが、データにはそれが明確に表われてこない。重要なことは、広告や販売促進活動の禁止については、すべてのメディア、すべてのブランドネームやロゴの使用について包括的に行われた場合にのみ効果があるということである。ここではその例について簡単に述べてみよう。
紙巻たばこの広告が紙巻たばこの消費に与える影響については盛んに議論されている。公衆衛生活動家はそのような広告のせいでたばこの消費が増加していると述べ、一方、たばこ産業では、広告は新しい喫煙者を増やすためではなく、ただ現在の喫煙者にさらに喫煙を続けるよう、また特定のブランドに乗り換えるよう促すだけだと主張している。広告と売り上げの関係についての実証的研究では、広告は消費に対してプラスの影響がまったくないか、あるいは非常に少ないと結論づけることが多いようである。しかしこうした研究は誤解を生むことも事実である。それは以下の理由による。第1に、経済理論からいうと、広告は需要に対して限界影響逓減の効果がある。すなわち、ある製品の広告が増加すると、消費者は新しい広告に対してだんだん反応が鈍くなり、最終的には広告をいくら増やしても消費者には何の影響力も与えなくなってしまう。たばこ産業の広告量は比較的多く、売上収入の約6%を広告に充てている。これは平均的な企業を約50%も上回るものである。よって広告量の増加による消費量の増加は非常に少なく、かつ認識しにくいことが多いのである。とはいっても、広告をしなくても、した時と同じだけの消費量があるというわけではない。広告の増加による限界影響がごくわずかだというだけである。第2に、広告の売上に対する影響を記録したデータは、比較的長期間の、それもすべての広告主やメディアについての総計であり、対象人口も大きいことから、全体的な数字しか出せないのである。
したがって、より細分化したレベルの分析で明確に認知できるような微妙な変化をつかむことはできない。より細分化したデータを使った研究では、広告が消費に与えるプラスの影響についての証拠が得られるが、このような研究には費用も時間もかかるため、めったに行われることがない。そのため、研究者らは、たばこ広告の消費に対する影響を測定する間接的な方法として、たばこ広告や販売促進活動が禁止された場合どうなるかについての研究を行なっている。

広告禁止の影響

国が1つのメディア、たとえばテレビでのたばこ広告を禁止すると、たばこ産業では広告を他のメディアに移し変えるだけで、それによるマーケティング支出はまったくといっていいほど変化しない。したがって、紙巻たばこの広告の一部禁止による効果を調べた研究では、喫煙に対する影響はほとんど、あるいはまったくないことが明らかになっている。しかしすべてのメディアの広告や販売促進活動に対して複数の規制がある場合には、たばこ産業がとることのできる代替手段は比較的少なくなる。1972年以来、ほとんどの高所得国では、より多くのメディアや様々な形態のスポンサー活動について規制を強化してきた。高所得国22カ国について、1970年から1992年までのデータに基づいて行われた最近の研究では、紙巻たばこの広告および販売促進活動を包括的に禁止した場合、喫煙は減少するが、限定された部分的な禁止の場合では、効果はほとんど、あるいはまったくないという。この研究では、徹底した包括的規制が行なわれれば、高所得諸国のたばこ消費は6%以上減少するであろうと結論づけている。これらの推定値に基づいて作成されたモデルによると、欧州連合のたばこ広告の禁止(囲み欄4.2参照)によって、欧州連合内の紙巻たばこの消費は7%近く減少すると推測されている。また100カ国を対象にした別の研究では、たばこ広告や販売促進活動の禁止がほぼ包括的に実施された国と、そのような禁止を行なっていない国との、一定期間の消費傾向を比較している。ほぼ包括的に禁止している国では、消費の低下傾向がより顕著に表れている(図4.4)。この研究で注意すべきなのは、国によっては、他の要素も消費の減少に関係しているかもしれないことである。
一方、経済学の文献以外でも研究が進んでいる。子供の広告メッセージに対する記憶についての研究などがその例である。この研究では、たばこの広告や販売促進活動は確実に紙巻たばこの需要に影響を与え、新規の喫煙者を増やしていると結論づけている。子供はこのような広告に注意を引きつけられ、そのメッセージを覚えるからである。さらに、たばこ業界は広告や販売促進活動の多くの部分を、青少年や、最近まで喫煙が一般的ではなかった少数民族などの成長市場、あるいは成長する可能性があると判断した市場にターゲットを絞って行う例が増えている。特定のグループにおける喫煙傾向に関心を持っている国の政策立案者にとっては、このような経済以外の研究データに特に興味を引くものと思われる。



図4.4 包括的な広告禁止による紙巻たばこ消費量の減少
広告が包括的に禁止されている国と禁止されていない国での、加重平均した1人当たりの紙巻たばこ消費量の推移

注:この分析では、たばこ広告の包括的禁止法がある国もない国も含めた102カ国について、1980年から1982年と1990年から1992年までの間の、15歳から64歳までの成人1人当たりの紙巻たばこ消費データにおける変化を、人口で加重平均して調べている。最初のうちは包括的禁止法が実施されている国の方が、禁止法のない国より消費レベルが高いが、期間終了時には前者の方が後者より低くなっている。これは禁止群の方が非禁止群より消費低下率が大きいためである。
出典: Shaffer, Henry. The control of Tobacco Advertising and Promotion, 背景報告書。

公共の場および職場での喫煙制限

現在、レストランや交通機関などの公共の場での喫煙制限を実施する国や州が増えている。米国などいくつかの国では、公共の場の規制が適用される職場もある。これらの規制で最も明らかな恩恵を受けるのが、健康へのリスクや迷惑な環境たばこ煙にさらされずにすむ非喫煙者であるのは明白である。しかしこれまでにも見てきたように、非喫煙者が他人のたばこ煙にさらされるのは、公共の場や職場ではなく家庭の場合がほとんどなのである。よって、これらの規制は非喫煙者のニーズに応える部分的な解決法でしかない。

囲み欄4.2 欧州連合のたばこ広告・販売促進活動の禁止
1989年、大規模ながん撲滅策の一環として、欧州委員会は出版物および掲示板やポスターによるたばこ製品の広告を規制する指令を出すことを提案した。
 そして1990年、欧州議会は、欧州委員会の提案を修正し、広告の禁止を可決した。当時委員会では部分的な禁止しか同意を得られないだろうと述べたが、個々の加盟国での進展具合によっては全面禁止案を提出できると付け加えた。1991年6月、欧州委員会はたばこについての修正禁止指令案を提出した。
 少なくとも1992年から1996年の間は、ドイツ、オランダ、英国の3加盟国の反対により、この提案実施に向けた進展はまったく見られなかった。しかし英国は1997年に総選挙で勝利した労働党が、たばこ広告を禁止する姿勢を明確に打ち出したため、反対派からはずれることとなった。そして1998年6月、禁止指令の原文がついに欧州委員会で採択された。この禁止指令は、欧州連合内におけるすべてのたばこ製品の直接・間接的広告(スポンサー活動を含む)を禁じるもので、最終的にすべての条項が施行されるのは2006年10月からとなる。この指令の主な点は以下の通りである。

■ 欧州連合の全加盟国は2001年7月30日までに国内の禁止法を成立させなければならない。
■ 印刷メディアにおけるすべての広告は、それから1年以内に中止しなければならない。
■ スポンサー活動(世界レベルで組織するイベントや活動は例外とする)はそれから2年以内に中止しなければならない。
■フォーミュラ・ワン・カーレースなど、世界的イベントにおけるたばこのスポンサー活動はそれからさらに3年間継続することができるが、2006年10月1日までに終了しなければならない。この段階的中止期間中は、全体的にスポンサー援助を減らし、これらのイベントにおけるたばこの宣伝については自主規制しなければならない。
■ 販売時点で製品情報を与えることはかまわない。
■ たばこ産業の出版物にはたばこ広告を掲載してもよい。
■ 欧州連合市場だけに向けたものではない第3国の出版物は、この禁止の適用を受けない。
この禁止指令は現在実施されている。

喫煙制限の第2の効果は、この規制によって喫煙者の紙巻たばこ消費がいくらか減少し、禁煙した者もいることである。様々な試算によると、米国ではこのような規制によってたばこ消費が4%から10%減少したという。こうした規制が効果を上げるためには、一般レベルの社会的支持と、環境たばこ煙にさらされることで健康にどのような影響があるかという認識がなければならない。米国以外では、室内喫煙制限の効果についてのデータは比較的少ない。

価格以外の手法がたばこの世界的需要に与える潜在的影響

消費者への情報、科学的な報告書や研究結果の周知、警告表示、対抗宣伝、広告や販売促進活動の包括的禁止、喫煙制限など、いままでは価格以外の諸手法の効果について例をあげて述べてきた。この報告書の参考研究の一部として、囲み欄4.1で述べたモデルを用いて世界の紙巻たばこ消費に対するこれらの包括的な価格以外の手法の、潜在的影響評価を行なった。いままでこうした対策の全体的影響を評価しようとした試みはあまりないため、同モデルは控えめな仮定に基づいて作成した。価格以外の個々の手法の効果という既存の尺度に基づいて計算すると、これらの対策を組み合わせた場合、喫煙者の2%から10%が禁煙するようになると仮定している。控えめにするため、同モデルでは、これらの対策は禁煙しない喫煙者が1日当たりに吸う紙巻たばこの本数には影響がないものと仮定している。
この仮定に基づいて、価格以外の総合的手法を実施すると、世界で1995年に生存している喫煙者のうち、最低でも(すなわち世界で総合対策を実施した結果、喫煙者数を2%しか削減しなかった場合でも)、喫煙者は2,300万人減少するという(表4.2参照)。死亡を回避できる禁煙者数について、先ほど立てた仮定を用いた場合には、500万人の命が救われることになる。

ニコチン代替療法およびその他の禁煙介入

増税と価格以外の手法の他に、たばこ消費を減らすための第3の対策として、個人トレーニング、病院治療、カウンセリング・プログラム、およびニコチン代替療法(NRT)製剤やブプロピオン(一般名)という抗鬱剤など、多様化する禁煙補助薬品が挙げられる。NRT製剤にはパッチ、ガム、スプレー、吸入剤などがあり、たばこ煙に含まれる他の有害な成分を含まないニコチンだけを少量体内に送り込めるようになっている。高所得諸国の大手医療機関では、NRTは正しく使えば安全で効果が高いと考えられている。多くの研究でも、他の禁煙介入が併行して行なわれているかどうかに関わらず、NRTによる禁煙成功率は他の禁煙手段を取った場合の2倍になると結論づけられている(表4.3)。ブプロピオンも米国での試用で効果が示されている。NRTの主要な利点は自己投薬できるということである。このため、保健医療従事者による弾力的なサポートが限られているような国でも、禁煙したいと望む喫煙者にとって現実的選択肢となる可能性が高い。

表4.2 価格以外の総合的手法により禁煙する可能性のある喫煙者数およびその結果としてのたばこによる死亡回避者数
1995年に生存している喫煙者について(単位:百万人)
地域 総合対策で次のように喫煙が減少した場合の喫煙者数の変化 総合対策で次のように喫煙が減少した場合の死亡者数の変化
2% 10% 2% 10%
東アジア、太平洋 -8 -40 -2 -10
東ヨーロッパ、中央アジア -3 -15 -0.7 -3
ラテン・米国、カリブ海地域 -2 -10 -0.5 -2
中東、北アフリカ -0.8 -4 -0.2 -1
南アジア(紙巻たばこ) -2 -9 -0.3 -2
南アジア(ビディたばこ) -2 -10 -0.4 -2
アフリカサハラ砂漠周辺地域 -1 -7 -0.4 -2
低・中所得国 -19 -93 -4 -22
高所得国 -4 -21 -1 -5
世界全体 -23 -114 -5 -27
注:数字は概数で示してある。
出典:Ranson, Kent, P.Jha, F.Chaloupka, and A. Yurekli Effectiveness and Cost-Effectiveness of Price Increases and Other Tobacco Control Policy Interventions. 背景報告書。

NRTは、禁煙しようとしている喫煙者のニコチン離脱症状を治療する目的でのみ処方される。NRT製剤は、これまでいかなる心臓血管・呼吸器系統の病気とも関連づけられたことはなく、たばこよりはるかに安全なニコチン供給源であるというのが大多数の人たちの一致した意見となっている。もちろん、ニコチンには、血圧を上げるなどの生理的効果もあるが、紙巻たばこに比べてNRT製剤は少ない量のニコチンをゆっくり体内に送り込むようになっている。NRTを使えば、常用喫煙者が禁煙する際のコストを軽減することができる。
NRTの入手方法は国によって異なる。高所得諸国の中には店頭販売している所もあるが、その他の国では処方箋がなければ買えない。米国のデータに基づいたモデルでは、NRTが店頭で買えるようになると、処方箋でしか買えない場合よりはるかに多くの者が禁煙し、死亡者が減少することになる。このモデルによると、米国だけでも、5年間で死亡者数が3,000人近く減少することになる。また、喫煙者がこの種の援助を求めていることも明らかになっている。米国ではNRT製剤が初めて店頭販売された1996年から1998年までの間に売上げが150%も伸びた。

表4.3 様々な禁煙アプローチの効果
禁煙介入および比較 6ヶ月以上禁煙した喫煙者数の増加の割合
臨床医による簡単なアドバイス(3-10分)がある場合の、アドバイスがない場合に対する割合 2-3
NRT製剤と一緒に簡単なアドバイスを与えた場合の、短いアドバイスだけ、またはアドバイスにプラシーボ(有効成分のない偽薬)を加えた場合に対する割合 6
集中的なサポート(喫煙者クリニックなど)とNRT製剤を併用する場合の、集中サポートのみまたは集中サポートにプラシーボ(有効成分のない偽薬)を加えた場合に対する割合 8
出典: Raw, Martin, and others.1999. The Agency for Health Care Policy, and the Cochrane Libraryのデータを使用。

高所得諸国以外の国では、いずれのNRT製剤も入手できる可能性が一様ではない。たとえば、NRT製剤はアルゼンチン、ブラジル、インドネシア、マレーシア、メキシコ、フィリピン、南アフリカ、タイで販売されているが、これらの中には、いくつかの大都市近郊でしか販売されていない国もある。いくつかの中所得国や多くの低所得国では、NRT製剤はまったく手に入らない。NRT製剤の1日の使用量にかかる費用は、平均すると1日に喫煙するたばこ代とほぼ同じくらいだが、NRT製剤は普通コースのセットで販売されているため、一時に支払う価格がやや高くなる。紙巻たばこと比べるとNRT製剤の販売は規制が厳しい。
このようなデータを見ると、多くの政策立案者にとっては、NRTの入手経路を広げることがたばこ抑制政策の重要な要素であると考えられよう。ひとつの選択肢は、NRT製剤の販売規制を緩和することである。たとえば、NRT製剤の販売拠点の幅を広げ、販売時間を延長したり、販売包装量の規制を緩和することなどである。
もう一つの選択肢としては、NRTは禁煙に伴うコストを軽減することから、禁煙を望んでいる低所得喫煙者に、NRTを一定期間助成金つきの価格あるいは無料で提供することを考慮してはどうだろう。このアプローチはすでにいくつかの条件の下で試みられている。たとえば英国では、最貧民層の喫煙者が禁煙しようと決心した場合、一定量の無料NRTを供給しようという提案がなされている。このようなサービスを貧困層に向けて行なうことは、すべての国にとっての課題である。
もちろん、NRTの入手経路拡大の決定にあたっては慎重な考慮が必要となる。ほぼすべての社会では、依存性のある品物の販売を子供に促進することは望まないはずだ。しかし高所得諸国の大多数の保健医療従事者の意見では、NRTは効果的に使用すれば有用であり、禁煙を望んでいる成人喫煙者に勧めるべきだとされている。ニコチン代替療法の費用効果性の研究はまだ広く行なわれておらず、特に喫煙者のほとんどが集中している低・中所得諸国での研究は遅れている。費用効果性についての情報がさらに増えれば、各地の政策立案者が限られた公共資金からこれらの禁煙製剤の費用を出すかどうか決定したり、どのような法案を決議するかについて、より強力な根拠を得ることができるようになるだろう。
本報告書の参考研究として、NRTがより広く入手できるようになった場合の潜在的影響について、上記と同様の方法を用いてモデル化した。同治療法の効果は高所得諸国の研究で示されているものより低い場合があるものと控えめに仮定した。NRT使用者の禁煙率を非使用者の2倍とし、喫煙者のうちのNRT使用者は6%のみという控えめな仮定でも、1995年に生存している喫煙者のうち600万人が禁煙でき、100万人がたばこによる死を回避できることになる。一方、喫煙者の25%がNRTを使用したとすると、1995年に生存している喫煙者のうち2,900万人が禁煙でき、700万人が死を回避できることになる。


1. アダム・スミス「国富論」。1776年。エドウィン・ケイナン(Canaan, Edwin)編、1976年。シカゴ大学出版。シカゴ。
2. たとえば、税金が小売価格の5分の4を占める場合、1箱当たりの小売り価格は(課税前の)製造者価格の4倍を上乗せしなければならない。したがって、たとえば、課税前価格が0.50ドルの場合、税率は0.5×4=2.0ドルとなる。小売価格は2ドル(税金)+0.50ドル(製造者価格)=2.50ドルである。もちろん、小売価格への影響は国によって、卸売価格など、小売価格への要素によって異なる。しかし概して、この規模の課税の増加では、低・中所得諸国における人口加重(平均)価格が80%から100%上昇することになる。


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