公益財団法人 健康・体力づくり事業財団

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認知症理解する

認知症診断時の注意点

  認知症の臨床症状は、多くの機能障害を巻き込んだ形として現れ、脳機能の個々
の要素に分けるのはなかなか難しいことが多いのです。認知症候群では、いくつか
の機能障害が重なっていて、白地の上に描かれた墨の濃淡のように表れます。ま
た特定の症状の移り変わりをとらえるにも、変化が徐々に移行していくので時期を
特定するのが困難です。この困難さの中でどんな点に注意して病像の推移をとらえ
ていくか、そのポイントをいくつかあげてみます。

(1)おおまかに最近の病状をもれのないように掴む

  家族の話は警察に保護されたとか、乱暴したといった家族にとって印象的なエピ
ソードに終始しがちなので、順序だてて症状をまとめることが必要です。まず患者の
最近の社会的能力評価を表8上(Reisbefg B、1985より改編)に従って行ない
ます。次に精神症状・行動異常を表8下に従ってチェックして、神経症状・行動異常
をもれのないように注意深く尋ねていくことが大事です。


表8  患者の能力評価とチェックすべき精神症状・行動評価

患者の能力評価

もの忘れ・
複雑な判断が不能
・物の置き場を覚えていられるか
・言葉(物の名)が出ないことがある
・銀行で用が足せるか
・来客のもてなしができるか
・状況にあった服装が選べるか
習慣の喪失
・行きつけの場所に行けるか
・着衣・脱衣ができるか
・入浴できるか
・自宅のトイレの位置が把握できているか
・トイレの始末ができるか
・失禁はないか
言語機能の崩壊 ・使える単語が減っていないか
・意志の疎通ができるか
運動習慣の喪失 ・座っていられるか
・姿勢を保っていられるか

チェックすべき精神症状・行動評価

妄想 1.物を盗まれる妄想
2.自分の家ではないという妄想
3.自分の家族ではないという妄想
4.見捨てられたという妄想
5.不実妄想
6.被害妄想
幻覚 1.幻視:すでに死んだ家族、侵入者
2.幻聴:死んだ家族の声、侵入者の声
3.幻臭:火の臭いなど
行動異常 1.徘徊
2.無目的な常同行動
3.とんちんかんな行動
攻撃性 1.暴言
2.運動暴発
3.いらいら行動
睡眠・覚醒リズム障害 夜間不眠・昼間睡眠
感情障害 1.涙もろい
2.抑うつ気分
不安感と恐怖 1.行く末の不安
2.ひとりぼっちになってしまう恐怖

(2)症状の出現時期の推定

  各々の症状がいつ頃から起きてきたかを聞き、それらの能力低下の変遷をおお
まかに掴みます。 よく用いる質問としては、
  ア 「いつ頃から物忘れが目立ちましたか?」 
  イ 「大事な約束を忘れたことは?」
  ウ 「電話や伝言ができなくなったのは?」
  エ 「いつ頃から方向音痴になりましたか?」
  オ 「行方不明で初めて警察に保護されたのは?」

などがあります。

(3)特定の、いわゆる巣症状のみに標的を限定しないこと

 例えば、着衣障害の変遷について考えてみましょう。家族によく次のように質問を
します。「患者さんが着物を着間違いするようになったのはいつ頃からですか?」

 その回答をまとめると、着衣失行として症状がとりだされる以前に次のような着
衣についての異常が見つかります。いつも同じものばかり着ている。なかなか着
替えをしないで家族を困らせる。入浴しても同じ着物をまた着て出て来る。何枚も
重ね着をする。春、夏の季節に合わせて適切に着衣を替えられない。暑いのに厚
着している。気候、気温に合わせて着衣を選ぶことが出来ないなどです。

 こうした異常に気付かれて、しばらくして上着と下着を逆につけたり、着方が分か
らないのかしばらく着物をいじくりまわしているといった着衣失行の疑われる症状が
観察されるようになるわけです。

(4)欠落症状のみでなく、残存能力を聞く

  患者さんの残された能力を聞くことは、家族から病歴を聴く際に症状の評価を重
く取りすぎることを防ぐ働きもあります。欠落した能力の程度と保持されていた能力
を確認してはじめて認知症の妥当な評価ができるのです。 よく使う質問には次のよう
なものがあります。
  ア 「銀行の手続きはいつまで自分でやりましたか?」
  イ 「年賀状はいつまでだすことができましたか?」
  ウ 「老人会への出席はいつごろまでできましたか?」
  エ 「選挙の時にはいつごろまで投票にいきましたか?」
  オ 「法事の集まりはいつごろまで行きましたか?」

  ともすれば病歴の聴取が、家族にとって印象的な精神症状・行動異常だけに偏
りがちなので注意が必要です。こうして可能であった社会機能などから総合してお
おまかな認知症の変遷が明かになってきます。